職場で山のすばらしさを聞かされ年甲斐もなく興味を抱いた私は、今回初めて本格的な登山に参加する事になり、不安と期待に胸を踊らせ、夜はあまり眠れず、寝不足のままその日を迎えました。
目指すは”一の森”、3時間余り車に揺られいよいよ登山開始、でもそこには道が無いのです。私の目にはそうとしか見えなかったのです。「いったい何処をどう登るのか」「大変な所へ来てしまった」私の心は大きな後悔の念で押し潰されそうになりました。しかしここで白旗を掲げるわけには行きません。
とにかく前へ進まなければ、私は両手、両足を使い這うようにしながら登りました。前後の人に励まされながら全神経を登る事に集中し、家の事も仕事の事も衰えている体力の事も忘れ、頭の中には何も無く、無我夢中でした。
道無き道を歩き、背丈まで伸びた熊笹を掻き分け、まるで水の中を歩くように重い足を引きづっていた私は、とうとう木の根に足を取られて転んでしまい、”すね”を思い切り打ち込んでしまいました。「やってしまった…」「どうしよう…」「こんな所で…」と色々な思いが頭の中を駆け巡り、今にも泣き出しそうになり、いえ、本当に泣いていたかもしれません。
幸いにも傷は軽く、薬に絆創膏、湿布薬にテーピングと様々な物が色んな方のザックから登場し、傷の手当てをしてくださいました。私の心もしだいに落ち着きを取り直し登山開始です。リュックは背負っていただき、杖をお借りして、ご迷惑をかけながらの登山になってしまいましたが、何とか山頂まで辿り着く事ができました。
正直言って登山を楽しむゆとりなど無かった状況でしたが、豊かなブナの原生林に包まれる安心感、足もとに生えている名も知らぬ茸や可憐な草花、山頂での雄大な眺めなどにこれほど深く接し、身近に感じた事はありませんでした。又、心配し気遣ってくださる暖かい言葉にも感激しました。山頂で飲んだおいしいコーヒーの味も忘れられません。
とにもかくにも今回の初登山は私にとって驚きと戸惑いの連続でした。考えてみると、自分の足しか頼る物がない単純、明解な登山の醍醐味をこの怪我のお陰で早くも味わう事ができた私は、幸運だったのかもしれません。
足の痛みは日々薄らいでも、あの日に味わった無心な心と、自然との一体感は忘れないだろうと思います。一緒に山行していただいた皆様、本当に色々とお世話になりありがとうございました。 富原