生物の多様性


(1)生物の多様性の維持・保全の必要性

 種のレベルでも、遺伝子のレベルでも、その組成が単純になることは生物が環境の変化に対する適応力や回復力を失うことであり、環境の変化に適応できなくなってしまいます。全ての動植物を含めた野生動物の多様性の減少に歯止めをかけることは、次の2点から重要です。

  1. 人類生存の観点

     多様な種からなる野生生物の存在は、太古からこれらを作物や飼育動物として、さらに直接さまざまな資源として利用してきた人類の生存のためには重要です。

     また、人口の爆発的増加が確実に予測される時代を迎えるに当たって、食糧や医薬品等を新たに開発し取得する源としても、野生生物の種の多様性の維持と保全は重要です。

  2. 倫理的観点

     特異な進化をしたヒトという1つの種の生物の文明活動によって、地球上で共に生存し進化してきた多くの野生生物を絶滅に追いやることが許されるのでしょうか。
(2)現在の知見と取り組み

  1. 生物多様性の必要性

     日本の植物の6種に1種、哺乳類の3種に1種、鳥類の5種に1種、爬虫類の5種に1種、両性類の4種に1種、淡水魚類においては5種に1種が絶滅の危機に瀕しています。

     全国版のレッドデータブックでは「まだ絶滅の可能性は低い」と判定されていても、都道府県版のレッドデータブックを作成するとすれば、既にその地域では長い期間観察されていない等の理由から、都道府県レベルでの「絶滅種」と判定される野生生物種は数多くあるでしょう。

     また、都道府県レベルでみて「まだ絶滅の可能性は低い」と判定されていても、市町村版のレッドデータブックを作成するとすれば、その地域での「絶滅種」と分類されるべき野生生物も数多く出てくるであろうことは簡単に想像できます。

     野生生物種の絶滅は、市町村や都道府県等の各地域単位の絶滅の積み重ねであり、生物の多様性を保全するためには、例えば最小行政単位である市町村ごとに確保していく、という考え方を私たちは基本にすべきです。

     また現時点では分類学上同種とされている生物でも、その間に地理的変異がしばしば認められること、つまり、同種といっても遺伝子レベルの系統が異なる生き物が多いという生物学的事実も重要です。

     地域の自然生態系は、地球上で唯一その地域にしかありません。地域の自然生態系は地域の責任で地域の人が保全や創造する事が必要です。特に海や川、山脈で区切られている地域は、遺伝子レベルで特徴のある生き物が多く生存している可能性が高いので、大事にしたいものです。

  2. 自然生態系がもつ経済的価値

    1)遺伝子資源の可能性

     野生生物は再生産可能です。そして、現在も衣料・食糧・住居から薬品に至るまで、私たちの生活は多くを野生生物に負っています。バイオテクノロジーの発展や薬品製造に野生植物は欠かせません。

     家畜も20世紀初頭にいた家畜種の半分が絶滅しています。世界のどこにどのような植物が生育しているのかもまだわからない植物の世界では、専門家によって発見され、用途についての開発可能性が判明するより早いスピードで、地球上から次々に消滅しています。

     自然破壊による野生原種の消滅とともに問題なのが、「単一作物化(モノクロップ化)」、つまり、ハイブリッドコーンなどF1(一代雑種)品種の普及による地方品種の消滅です。

     単一作物化とは、F1品種を広い地域に画一化する事ですが、地方品種より高収量、機械化農業に適しているなどの利点が指摘される一方、いったん思わぬ病虫害に侵されたり、異常気象の影響で減収したりすれば、広大な地域が一挙に被害を被る事になります。

     単一作物化によって消えていく地方品種は、その土地の気候・土壌に適し、長年その地方の病害虫にも抵抗し生き抜いてきた品種です。この優良な生物資源を、単一作物化が引き起こす万一の時のためにも、私たちには保存する義務があります。

    2)多面的な環境保全機能

     生物の多様な空間には、多面的な環境保全機能が確認されています。
    1. 表土を通じて水資源が涵養される。
    2. 雨水は樹木を伝う過程、土のもつろ過・吸収作用により水質が浄化される。また水田土壌や用・排水路中にいる微生物は、窒素やりんに汚染された水質を浄化する。生物の宝庫と呼ばれる干潟がもつ水質浄化機能も、環境庁によって、貨幣換算化の試みが始まっている。
    3. 植物の根がよく張った森林・階段状の水田・斜面状の耕作物は土砂の崩壊を防止する。
    4. 耕作地域の境界などに見られる茂みは風食・水食など土壌の侵食を防止する。
    5. 道路沿いの植物などには大気の有毒ガス成分を吸収浄化する機能や、騒音を防止する機能がある。
    6. 森林や草地および田園などは人々の心を和ませる保健休養機能がある。

     さらに、都市部で特に問題になっているヒートアイランド現象も、生物の生活を支える表土が確保されているならば、かなり緩和されることがわかっています。

    3)人工的環境浄化装置の限界

     大気汚染や水質汚濁など噴出するさまざまな環境問題に対し、人工的な大規模浄化施設を設けて場当たり的に個々の問題ごとに解決を図る傾向がまだ強くみられます。現象的な解決に追われていると、より深刻な事態を別の地域、あるいは将来に引き起します。

  3. 生物の多様性に関する条約

     1992年地球サミットにおいて採択、93年国会で承認されました。日本は単に国際法上の義務が生じたという意味以上に、先進工業国として、国内の自然環境のみならず世界各地の自然環境を悪化・破壊し、経済成長にまい進してきた過去の歴史を振り返り、率先してこの条約を守る義務があります。

    内容

     「生態系の多様性」「種の多様性」「種内(遺伝子)の多様性」の3つのレベルでの保護対策を考えなければならないと明記しています。

     遺伝子の多様性とは、ある特定の種、変種、亜種、品種の中にある遺伝子(世代を通じて受け継がれる遺伝情報の科学的単位)の変異によって計られる種内の変異性を示す概念です。

     「種」は生物分類の基本単位ですが、同じ種に属する生き物でも、地域が違えば、遺伝子形質が異なっており、別の種へと進化する潜在的な可能性をもっています。つまり、「種」は分類上の基本単位ですが、実はそれ自体多様な内容を有しています。

     従って、例えば緑化を行う場合、その地域で確認されている在来植物種を用いて緑化を図るといっても、遠く離れた他地域の同種を持ってきて植栽することは、遺伝子レベルでの撹乱を招く可能性があります。

     近年、ホタルの里づくりが各地で盛んに行われています。その取り組み自体は悪い事ではありませんが、ホタルの供給ポテンシャルがまだある場所に、数を増やすためにと他地域のホタルを放している例が見受けられます。

     チョウの森づくりのために、遠隔地のチョウを放す例もあります。他地域のサケ、アユを放流する事業は毎年全国各地で行われています。このように、自然保護を標榜しながら、結果的に自然破壊につながる場合もあります。

     「種」レベルの多様性保存はもちろん、別種にまで分類されていない亜種関係にある生物や地域個体郡レベル、すなわち、「生物多様性保存条約」でも明確に指摘されている種内(遺伝子)レベルでの多様性保存という課題には、これからは十分な認識をもって取り組んでいく必要があります。そのためには、地域ごとに野生生物の効果的な保護対策を確立していく以外に方法はありません。

  4. 生物多様性国家戦略

     環境基本計画の策定を受け、1995年に関係閣僚会議で決定されています。

    内容

     生物多様性の現状、保全と持続可能な利用のための基本方針、施策の展開、効果的実施の4部構成からなっていて、毎年関係省庁で進行状況が点検されるほか、5年をめどに見直しが行われます。

     環境基本計画の実施状況の点検結果では、生物地理区分ごとの保全目標の検討、保護地域の連携、身近な生物の保護管理の促進などが国家戦略の課題と指摘されています。

(3)生物の多様性が損なわれる原因

 ここまで長文を読んでいただいてありがとうございます。ここまでの文章で、1つ抜けていたことがあります。それは生物の多様性が損なわれる原因です。

 原因が人間の経済活動なのは明らかです。しかし、二酸化炭素の排出量だけは地球全体で減らそうという話が進んでいますが、経済活動を縮小しようとはしていません。特に最近の日本は景気が悪くなると、将来にどんな負荷をかけようと、無駄な支出を増やします。

 まさに「衣食足りて環境を識る」状態です。

 生きていけない程我慢しなければならない時代がくる前に、欲しがらず、個々人の経済活動を縮小することこそが、生物多様性の保全に繋がって行くでしょう。

土地本来の木を使わずに桜とけやきを使った植栽(徳島市雑賀町)
植樹に桜を使ったケースの写真

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