ビオトープ(生息場所)


 ビオトープとは元々ドイツ語で特定の生物群集が生存できるような、特定の環境条件を備えた均質なある限られた地域のことです。最近は、野生生物の生息可能な自然生態系が機能する空間という意味でも使われています。

(1)ビオトープの原則

  1. 生物生息空間はなるべく広い方がよい
  2. 同面積なら分割された状態より1つの方がよい
  3. 分割する場合には、分散させない方がよい
  4. 線状に集合させるより、等間隔に集合させた方がよい
  5. 不連続な生物空間は生物的回廊でつなげた方がよい
  6. 生物空間の形態はできる限り丸い方がよい

ビオトープ整備直後の状態(徳島市園瀬川)

近自然工法の写真
(2)類型と事例
  1. 特定生物期待型
     ある特定の生物に思いを込めて、ひたすらその復活と生息を願った環境整備を行うタイプです。その生物や、その餌となる生物の生息には特別の関心が払われ、時にはとんでもない遠隔地からの移入が行われることもあります(これは、たとえ”同種”の生物であっても、”生態型”の地理的分布を混乱させるので好ましくはありません)。

     そして中には、目的以外の他の生物には無関心か、ひどいときには邪魔者扱いするような場面も見られ、特定の生物の”野外飼育場”づくりに陥ることもあります。絶滅が心配されるような動植物の保護が問題になる場合でも、単にその生物を一見類似している環境をもつ場所に移植、あるいは捕獲して移転させれば良いというのではなく、本来の生息環境の質的・量的な特性と、昔から共存してきた生物群集についての多面的な調査と考察を行った上で、対応策を決めなければなりません。

     しかし、出発が特定生物種期待型の事業でも、目的とする生物が復活し、その生息が長く続くようであれば、当然多様性に富んだ生息環境が発達ていると考えて良いでしょう。

     このタイプのビオトープ整備によく似たものに、野生生物の”餌付け”があります。野生生物の自然の生息場所が激減した現在、節度をわきまえた、そして生態学的にも理由がある人口給餌まで否定すべきでありませんが、人間の恣意による過度の給餌は決して野生生物に対する愛情の表現ではなく、かえって人間の勝手な思惑によって野生生物の種の弱体化、すなわち種個体群の生存能力の低下を促進する結果になります。

     野生生物に対する本当の愛護というのは、彼らが安心して餌をとり、休み、そして繁殖ができるような、本来の生息場所を保存あるいは創出し、彼らに無償で提供してやることです。


    「マイクロハビタット」提供型ビオトープ、少し葦が生えつつある(徳島市園瀬川)

    近自然工法の写真
  2. 「マイクロハビタット」提供型
     河川の改修に際して行われる、空石積み護岸、植生護岸、カワセミ護岸、魚巣ブロックなどの設置、巨石による透過型水制やカスケード型の床固めの建設、または地上部に設けられる栗石の空積みや枯木・粗朶などの堆積など、野生生物の生息のための微生息場所(マイクロハビタット)の補充または創設を目的として行われるタイプです。
     出水の特性や沿川の土地利用など、厳しい条件の中で行う日本の河川管理ではこのような手法をとらざるを得ないことが多く、すぐれた効果を上げている事例もあります。しかしビオトープの保全や復元は、これだけでは十分に行うことはできません。


  3. 自然学習園または箱庭型
     比較的狭い土地の中に、ホタル、トンボ、両生類などのための水路や小さな池や湿地、陸生昆虫達の餌や住み場になるさまざまな植物の群落及び枯木や落葉の堆積、爬虫類などが身を隠すための空石積みの石垣や栗石の堆積、小鳥たちの餌場や営巣の場所になる雑木林や枯木、タヌキ、イタチ、コウモリなどにねぐらを提供するトンネルや洞窟などを備えた土手や盛り土、水鳥や魚類などのための水草が生育する水辺など、多種多様なビオトープの”装置”(すなわちマイクロハビタット)が設置されるタイプです。
    このようなビオトープは、野生生物の自然の生息環境に比べて”箱庭型”の感はありますが、人間の都合一辺倒の環境整備に比べれば、著しい前進です。また、これまで生き物の住み場などにはほとんど関心がなかった土木の分野の人々が、このような仕事を通して自分の手でさまざまな生き物の生息環境を整えその成果を実見できることは、ビオトープ整備がようやく始まった日本の現段階では、重要な意義があるでしょう。
     また、もし都市の中やその周辺にこのようなビオトープが作られた場合には、市民や子供たちによる野生生物の観察・学習の場としても役立ちます。
     しかし、人間による自然環境破壊の代償としてビオトープを作るなら、箱庭型だけは不十分です。本来はもともとその地域に生息していた野生生物たちの生息環境をできるだけ復元することを目指すことが重要であり、同時に、広域的な視野からそのビオトープの位置付けを考えることが大切です。人間が自分の好みでビオトープを”つくってやる”のではなく、その地域を広い視野からとらえて、人間の所業によって野生生物のどんな生息環境が分断され、欠落してしまったかを考え、生じた自然の綻びを修復し、残っている生息環境につなげていくものでなければなりません。


  4. 自然群集期待型
     自然の生息場所に住む生物の世界の全貌や仕組みは、人間には容易に伺い知ることができないほど複雑かつ精巧なものです。だから、生息してもらいたい生物の種類を最初から特に意識せず、その場所が気に入った生き物は何でもいいから住んでくれというのが、このタイプのビオトープづくりです。
     従って作られた生息環境には人間の恣意的要素は少なく、ある程度以上の面積があれば、やがてその地域にふさわしいビオトープに発展する可能性があります。その意味で、上記の2つの場合に比べて、はるかに自然度の高い結果が得られます。


  5. 自然過程委任型
     耕作をやめてしまった谷地の水田などが放置されると、イグサ・スゲ類などの群落が一面に生え、ヨシやガマが侵入し、ヤナギが生えたりして、昔の谷地の環境が次第に回復し、昔その地域に住んでいたトンボ、ホタル、カエル、サンショウウオなどの仲間が、再び生息するようになる場合があります。
     このような経過は、野生生物の生息環境の復元というような意志とは全く関係はありませんが、意識的に実行されることもあり、自然群集期待型と同様に、その場にふさわしい生息環境と野生生物群集との関係が実現します。


  6. 聖域設定型
     聖域というのは、野生生物が人間のうるさい干渉から逃れて、休息し、眠り、餌をとり、子供を生み育てるために設ける人間の立ち入りを禁止する場所のことです。ビオトープの中にこのような場所が保証されることは野生生物の健全な個体群の維持や、周囲の人の目にふれる場所への野生生物の継続的な供給を絶やさないためにも、重要な役割をもっています。
     ビオトープの整備が、これまでないがしろにされてきた野生生物の生息環境の回復と保全を目的としたものであり、将来にわたって野生生物と人間との共存を願うのであれば、人間が自由に立ち入ることのできないこのような区域は必要不可欠です。日本で行われたビオトープ整備で野生生物のための聖域を設けて人間の立ち入りを禁止する措置をとることはないようです。このことは、日本の今後のビオトープ整備事業のあり方を考える上で大切な課題です。

(3)ビオトープ整備上の留意点
  1. 工事の計画・設計と、さらにできれば実行の段階でも、生態学分野の専門家が参加すること。
  2. ビオトープというものは、工事の終了時に完成させるものではなく、人間がするのはあくまでも自然の過程がその場所にふさわしい生息環境を作り上げていくのを支援するための場あるいは基盤づくりであることを理解すること。
  3. ビオトープの整備は、工事が行われる場所だけでなく、周囲のできるだけ広い地域の生息環境とのつながり=ネットワークを考慮に入れて行うこと。
  4. 工事が終わったあと適当な期間、基盤づくりの妥当性や、植生、動物群集、自然景観等の発達について追跡調査と検証を行い、今後の事業に役立てること。
  5. ビオトープの整備の計画、実行、及び事後の保全あるいは活用に、できるだけ市民の参加を促すこと。
 
(4)現在の実体

消毒のため木や草に触れることのできない森林公園

  1. 松喰い虫駆除の薬剤散布のため立ち入り禁止松林
  2. ペンペン草1本生えていない砂漠のような公園、学校
  3. 三面張りの水路
  4. 水生生物の生息できない親水公園
  5. 単一外来植物による花いっぱい運動
  6. 他地域の稚魚の放流
  7. 都市公園を真似た公園整備

「火と毒で自然を制することはできません」

(5)提案「ビオトープ創生事業」
 山林、休耕田畑のビオトープ化及び管理、維持費の国民負担
  1. 「水源の森」と同じ価値があるので、下流住民が負担するのと同様、費用は全国民が負担すべきです。中山間地域の人口が減ると、管理するビオトープ面積が増えるので、管理者の収入が増えます。具体的には自然過程委任と型聖域設定型にすれば維持する手間はかからないので、高齢でも可能でしょう。
  2. 棚田等、ビオトープ機能を備えた耕作地は、耕作収入とは別に、ビオトープ管理、維持費を受け取ると良いでしょう。
  3. 野生生物による作物への被害は自治体が補償すべきです。
  4. 観光的価値の享受は、自治体全体で受けることができるでしょう。

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