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鳥帽子山(1669.9m,四国交流登山)

1994.5.15




 雨の山歩きなど、何が好きでやらねばならないのだろう、猛烈な勢いでたたきつける容赦のない雨や、胸いっぱいに吸っても決しておいしくない濃いガスなどなど、何一ついいものはありはしない。

 落合峠から望む夕焼けの鳥帽子を一度でも見たことがある者なら、烏帽子といえばあの炎のような夕雲に、ぶどう色の居丈高なトンガリを重ねてなければならなかった。

 すみれ色の虚空へゆったりと延びゆく勇姿に、せめて感嘆の思いを与えてもほしかった。

 初めから終わりまで一時の晴れ間もなく、ようやく雨雲が去ったのは昼過ぎ帰路にかかってからだった。

 9年前、晴天でも蒸し暑かった高校総体の時とどちらが良かったかは解らないが、後に振り返ってまだ印象にあったなら、それぞれの山行は「貴重な経験」と呼べ得るのかもしれない。

 数多く踏んだピークの中にも、行ったことさえ忘れてしまったものがあるし、昨日のごとく鮮明に思い浮かぶものもある。

 「貴重な経験」はいつの日か「忘れえぬ山」に変わるだろうし、もしかしたら「もう行かぬ山」にあてはまるかもしれない。

 この日の暴風雨は、くれなゐ色の山景と並んで思い出深い鳥帽子の姿を美事に拵えてくれたと確信できる。

 「もう行かぬ山」ではまだなかろうが、次ぎ訪れる時は虫のいるササの上でなく、ふんわりした雪の絨毯に腰を下ろし、透明の雪景を心ゆくまで眺めてみたい気がする。(尾野)